引井総男の何か

読書、音楽、写真、散歩などの気ままな記録

気ままな読書録7 ジャック・ケルアック『オン・ザ・ロード』2−1

 ウッドストック・コンサート(1969年8月15日から3日間)のフィルムを見ていたら、ギンズバーグがステージに現れて何やら詩を朗読した。当時の若者である聴衆は、中年に達したギンズバーグの朗読に、ほかのミュージシャンに対してほどは芳しい反応をしていなかったように覚えている。

 ギンズバーグは『オン・ザ・ロード』作品中ではカーロ・マルクスという名前で登場する。作者ケルアックの分身たる主人公サル・パラダイスがぞっこん惚れこんだ第2の主人公ディーン・モリアーティに、日がな一日おしゃべりを仕掛けているちょっとインテリの若者として描かれている。『オン・ザ・ロード』の舞台は1947年から50年まで、出版されたのは10年後の1957年。ウッドストックは更に10年後。若いケルアックが生きた世界にギンズバーグも生きて、20年経った時にビート・ジェネレーションの息子、娘たちの世代に当たるヒッピー・フラワームーブメントの前に立って、戸惑いの表情をしているように思える。

 この文庫本帯に、ボブ・ディランの「この本は僕の人生をかえてしまった」という言葉が、ヘンリー・ミラーやウィリアム・バロウズという専門作家の評言と並べて載せてあるが、まさしくこの作品はディランのような自由人には励ましとなっただろうと思った。囚われることのない放埓な表現活動をビートした(「解き放った」)バイブルなのだから。

 私はこの作品を一種の風俗小説として読んだ。まず驚いたのは、第2次世界大戦の影響がほとんど認められないこと。主人公サルは「復員兵援護法」によって支給される金で大学に通ったり、大陸横断のロードに出たりしているし、以前は船に乗っていたとも語っているので、てっきりケルアック自身も海軍に従軍していたのかと思っていた。しかし実際は兵役には就いていないらしい。また第1回目の大陸横断の旅の果てにサンフランシスコに到達した時、サルはそこでオキナワ基地建設労働者の募集に応じようとしている。戦争の陰と言えそうなのは、たったその2箇所だけだ。

 1947年と言えば、日本国にしてもヨーロッパも東・南アジアも、「戦後」の廃墟の中で窮乏生活を強いられていた。それに比較すると戦勝国アメリカ合州国に暮らす若者はかくまで能天気に遊び呆けていれたということを、如実に証言している。職を求めて大陸を放浪するホーボーは各地で見かけているが、そのホーボーさえサルには憧れの対象なのだ。